福満虚空藏尊(菊光堂)
 
 当山は歴史も古く、大同年間の開山と伝えられています。
当山御本尊福満虚空藏尊の霊験は、老若男女貴賎を問わず顕著といわれ信者の数多くの参拝がありました。中でも戦国の武将織田信長、豊臣秀吉、秀次、蒲生氏郷、加藤嘉明など名将達が菩薩を尊信し、寺領等を寄進されました。徳川将軍家では永久祈願所とし厚く保護されていました。会津藩は、保科正之公以来 明治維新に至るまで、山林荘田寺領等の寄進に歴代心を尽くされたと記録されています。
当山は開山以来水害火災等による被害に度々さらされました。現堂宇菊光堂は、藩主松平家の特別の保護により文政13年(1830年)8月13日に落慶したものです。
  現堂宇は、元亀2年(1571年)建立の金銀をちりばめた「光堂」よりきらびやかさはないのですが、堂内欄間を初め秀れた彫刻がほどこされ、一切色彩がなく、がっちりした白木造りで重々しさが感じられます。この菊光堂を観月橋や瑞光寺公園より拝すると、出城か砦の様な景観をしているので、会津戦争(戊辰戦争)の折には発砲事件が起り、住職が舞台上に立ち、それを制したという武勇伝も残っています。
舞台上よりの眺めは一段とすばらしく、眼下に望める只見川が湖のようにみえます。